古来、日本人はこの山を
「神の依り代」として見てきました。
雲を突き抜けて立つその姿に、
地上と天界をつなぐ“柱”としての
力を感じていたのです。
古代の祭祀、修験道、登拝行。
多くの者たちが富士をめざし、
祈りを通し、その身をもって
「世界との接続」を果たしてきました。
現代では観光地として知られるこの場所に、
今なお、“祈りが通る霊的回路”が
息づいているのを感じる瞬間があります。
願いを通すというのは、
単なる自己実現ではありません。
魂の構造と、宇宙の秩序が重なるとき──
そこに、現実を動かす“本物の祈り”が宿るのです。


